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<<   作成日時 : 2007/03/05 00:27   >>

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明日の天気は晴れでしょう。
↑これは占いでしょうか。
衛星写真からの雲の流れや、過去のデータを元に導き出た結果であれば
占いではなく、予報と呼ばれるでしょう。
ところが、下駄を足から放り投げた結果ならば占いの域を出ません。
照る照る坊主を飾ったとなると、これはおまじないですね。

このように、同じ未来の内容を表現する場合でも、科学的手法や因果律にのっとった手法で導き出た内容は、占いより信頼に値する言葉で表現され、多くの人が耳を傾ける価値を認めます。予報といってもはずれることもありますが(T_T)

反対に、占いは結果を導き出す手法と、その結果に因果関係がありません。
下駄を放り投げ、下駄が地面に着地し転がったあとの下駄の形状と、明日の天気には
まったく因果関係がありません。
他にもコインを投げた結果や、生年月日、血液型と、人の未来には何の関係性もないのです。

ところが、この占いというものの歴史は古く、発祥をたどれば人類文明の始まりまで
さかのぼることができ、科学などとは比べ物にならないぐらい、歴史の深い内容なのです。

そして科学文明がますます盛んな現代においても、占いは廃れることはなく、
むしろますます繁栄しているように思えます。
テレビや新聞、雑誌などのメディアには頻繁に占いが紹介され、
普通に生活しているのであれば、占いを目にしない日のほうが少ないでしょう。

占いをいんちきだと言うことは簡単ですが、いんちきならばなぜ長い歴史の中で
淘汰されることなく、人類の歴史とともにその勢力を拡大することができたのか?
占いの信憑性よりも、むしろこちらに注目するべきです。

占いが昔の科学だったとか、心理学だったからと考えることができるでしょう。
間違ってないと思いますが、これは昔になぜ占いが繁栄したか、という問いの答えであって、
科学や心理学がある現代においてもなぜ繁栄しているかの答えではありません。

占いをフラシーボ効果で説明するもできるでしょう。
反論の余地がないほど正論です。
占いが外れなければの話ですが。
ギャンブルなど当たりはずれが明確な事象にたいしては、心理的要因など無力です。

占いを娯楽として捉えることもできるでしょう。
当たるも八卦当たらぬも八卦、結果が当たったのか、外れたのかを楽しむのも
占いのかたちでしょう。
また、ラッキーカラーの小物をあえて持ち歩くなど、心理的なおしゃれをするのも
楽しみ方の一つです。
血液型や心理テストによる人格判定などで楽しんだり、議論するなども
占いの楽しみ方です。
単純な現実逃避として利用することも可能です。
占いの媒体がほとんどテレビや雑誌など、娯楽的要素の強いものであることを考えると、娯楽としての占いがもっとも納得できそうです。

これだけ科学に囲まれて生活しているのに、あえて非科学的なものから
楽しみを探し出そうとするのは、人間の複雑さでもあり、皮肉でしょう。
現代人は、科学の手が及ばない領域を娯楽としているわけですから。

科学が時間に勝利して、タイムマシンができれば占いは滅ぶでしょうね。
そこに科学が介入しますから。
科学は正しいですが、難しくてつまらないですから娯楽になりません。

そのときはまた別の娯楽を探して、楽しんでいるとは思いますけどね。

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